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肩を抱く掌の力が強まって肌に食い込む。そこには赤い、歯型があって、じゅくじゅくと痛んだ。
「お前は俺が好きだといった。なら、俺がお前を離してやる道理はない。」
どういう理屈なのかと思ううちに、晴人は体勢を変え、まるで胎児のように、一史の胸に縋って丸くなった。
「お前が何を抱えているかは、知らない。知らないが、俺にとってお前はもういなくちゃならない存在で、お前がいなくなれば、俺はたぶん、上手く息すらできない。そういう依存の仕方を、俺にさせておいて、好きなくせに、離れていかれたくないからと、逃げに転じられては、困る。」
強くしなやかな指が、今度は背中に食い込む。そこもまたじんじんと疼くあたり、大した惨状を呈しているのだろう。
宣言通りに捕らえられて一史は内心へどもどする。
失いたくない。もう充分に色々なものを諦めてきたから、失望しながら諦観するのは、もう嫌だ。だから、欲しいと思いたくない。手を差し伸べて欲しくない。そうして、求めて、手に入れて再び背を向けられたら、今度こそ自分は何も求めなくなりそうだった。だから、何もほしくなかった。その筈だったのに。
背に回された掌は温かい。歯形と鬱血にまみれ、なぶられ過ぎてじんじんする乳首に柔く吐息が触れる。
情交の延長に似ていて、実際その通りなのに、卑猥さはなくて、ただ、傍にいる事実が体を温める。
「一史?」
縋るに似た声が一史を呼ぶ。
「マサキは、失恋したんですね。」
ふっと、自分に似た環境に置かれる少女を思い出した。一生遺る傷や性差の分、自分より過酷な生き方をして来ただろう少女の目を思い出していた。
「失恋」
「そうじゃないんですか?」
「やっぱりそうなのか?」
「そうじゃなきゃ、ここまで来ないでしょう」
「いや、うーん……」
実際、彼女に嫉妬する自分がいた。晴人とどうこうなどなることはないと思っていたが、しかし、その性別だけでも、驚異だった。
「随分自信家だな」
「え、」
「いや、自惚れ屋、というか」
ニタニタと笑いながら晴人は一史の顔に顔を近づけてくる。
「なんだ、俺に嫉妬させたいのか?」
いやいや、嫉妬したのは自分の方だというのに。晴人は再び一史を組み敷いて薄い布団に押し付ける。見上げた顔は薄暗い中でもはっきり見えた。
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