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「いや、そもそも、そこが違いますよ、マサキはきっと、晴人さんの、こと、が」
口にすればそれは真実味帯びて、言葉尻が幽かになる。マサキに嫉妬するのは、一史の方なのだと思った。それなのに晴人はひくと、耳を動かして、顔を上げた。
「それはないだろう。」
「じゃあ、何でわざわざ晴人さんのうちに来たんですか?」
「俺が顧問だったからだろ」
本当にそれだけだろうか。晴人の勤める所がどれ程の規模か知らないが、学校という場所には沢山の大人がいるものじゃないのか。
実際、乳幼児の世話を任せようと思うなら、保健医の方が適任だ。
納得いかないとばかりに尖った唇に晴人が噛みつく。それに少し目を見開いて、振り切れたらこんなものなのかと一史は晴人を見上げた。
「晴人さんって、この間も思いましたけど、」
「言うな。何となく、言いたいことは判るが言うな。」
言葉の途中で遮って再び一史の胸の上に落ちる。そうして胸の脇辺りの輪郭をなぞる。
「……くすぐったい、です」
「ん。」
抗議と捉えた指先がすっと失せる。失せたと思ったら今度は腰骨の少し上、凹んだ辺りをつつく。
「そこ、」
言いかけて止めた。言ったら晴人はその細やかな甘えを、甘やかしを止めてしまうことくらい判っていた。擽ったいが嫌ではない。もぞもぞと蠢く感触は乱暴に突き上げられ、訳も判らず快楽の波に翻弄されるのとはまた、違ったヨさがある。
「う……ン、」
かさついた掌が臍の下を撫でる。晴人のナベルが左腿に触れる。堅いそれが、何度も一史の屹立に当たった夜を思い出し、またぞろ、体が熱くなる。刺さり、掠り、引っ掻くそれは敏感な場所に触れる度自己を主張するのに、体の中で晴人自身が一史を暴いて、剥き出しにして、もっと敏感な場所を抉るから、その快楽と相まって結局、一史を追い詰めるのだ。足に、肌に、その冷たい金属が触れるだけで、下腹が重く、怠くなる。尾てい骨の中が痺れる。
我慢が効かなくなる。
これは良くない。止めずにいた一史も悪いのだが、月曜の朝はもうすぐそこに迫っていて、一史は朝イチで企画会議だ。
「で、も」
とにかく話題を変えようと晴人の背中に手を這わせる。微か指先で感じる肌のざらつきに首を伸ばすと盛大な蚯蚓腫れと引っ掻き傷が幾重にもその広い背中に付いていた。
これは、いけない。
目を逸らしても網膜に焼き付いて、所有の証明をするようだった。この体は誰のものか、この背中にしがみついて良いのは誰なのか、それを示しているように思えた。
無欲と諦めの良さを装った自分の本性の証。
このまま流されてしまえば、もうどこにも行けなくなる。行きたくなくなる。
「でも、マサキの言ってた『責任取れ』って……」
「……性的な関係はないぞ」
「その発想は正直早い段階で消えましたね。」
一瞬浮かんだには浮かんだが、それよりも営利誘拐の共犯者のほうがしっくり来たことは言わないでおいた。第一、同僚だったときの晴人は年上の女性を好んでいたし、上司とそりが合わなくなり、自ら辞表を出してからの晴人は女性関係以前に生きることすら放棄するような状況になって行ったのだ。そのころの晴人と、マナトの年齢は合致してしまう。
廃人と成り果てて人間性すら失いアラヌ関係をマサキと結んだとはどうにも考えられない。ジゴロかヒモのような自暴を犯して出来た子供だというには、晴人の精神状態的に無理があった。
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