序章 はなこいし

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 久々の日の光と、目を洗われるような鮮やかな色彩にしばし立ち尽くしていたが、足に痛みを感じ、腰を下ろして、荷を解いた。 「・・・ここで休むことにするか。」  足を止めれば、そのまま後ろへ倒れこみそうな道であったせいで、あまり休めていなかった。ここは幸い平たい場所だ。以前に訪れた者が煮炊きに使った石積みの竈の跡もある。道中に拾い集めて背負っていた乾いた枝も十分にたまっている。 「あとは、水があれば・・・・・・」  座ったまま、首を巡らせると、赤茶けた土に苔むした石が重なり合っている場所を見つけた。立ち上がって、そこへ近づくと澄んだ水の匂いがした。見れば、苔むした石の上、密集した苔の隙間から、細いながらも湧き水が染み出ていた。掬の形にした手を周囲に生えた苔に押し付けると、透き通った水が満ちた。ようやく得られた水を夢中になって口に運ぶ。 「ああ、うまい!」  一通りのどを潤し、濡れた口元を拭っていると、重なった石の下からもしきりに水がしみ出ていることに気づいた。その石を押してみると、一気に水量が増し、みるみる地面に水溜まりをつくった。誰かが濁らないよう蓋をしたのかもしれない。これで、水の心配はいらなくなった。虚しい音を立てていた竹筒にもたっぷりと水を入れてやる。  喉が潤い、水も手に入ると急に疲労を感じはじめた。飯炊きをするほどの気力もなく、糒をかじるにとどめる。獣に荷を奪われぬよう、木の根に押し込んだ。錫杖を抱え、荷を隠すように木に背を預けるとすぐに睡魔が襲って来た。  頭上の日はまだ高く、数刻眠るくらいならばどうということはない。長年の寺での習慣で、眠る時も起きる時も自在に決められるようになっている。獣の気配にも気づくことができる。もうすぐ、目指している廃寺に着くはずだ。目が覚めたら先へ進まなければ。  目を閉じて、夢現をさまよっていると、ふと、先ほどの眼下の景色が浮かんだ。常盤木と若竹。 光のそそぐ春日には、花を、見たくなる。 ひらり、はらりと降りしきる桜花。 「夢でもいいから・・・見たい・・・」  四肢から力が抜けて、すとん、と眠りの底へ落ちていく。  鼻先を白い花びらがかすめたような気がした。
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