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咲イコパス
「ほら、ママが使っていた物だけど、一年生だものね」
まだ低く頼りない桜の樹に重たげなランドセルを引っ掛ける一人の女。桜はその重さに耐えかねて大きくしなり、それを地面に落としてしまう。
「昔の物だから重いわね、直にあなたも背が伸びて支えられるようになるわ」
塀の外で子供の声が聴こえる。ランドセルだあ、小学生だあ。
「あなたも学校に行きたいわよね、仕方がないわよね、桜だもの」
頼りない桜の樹はそれでも、懸命に小さな花を爛漫と咲かせている。
「あなたが桜になった時を思い出すわ、そうね、子供と同じだけ背丈が伸びると云った、あの不思議な植木屋さんはどうしているのかしらね、あなたのパパだものね」
女は思い出す。苗の様だった小さな小さな桜を植えた事を。それが三年経ち、六年経ち、ああ、この子も遂に小学生だわ。だが、桜の樹は、そよそよと儚く花房を揺らしているのみ。
「あなたが桜になった時、そう、私の胎内であなたの心音が止まって、取り出されて――」
亡骸は、苗の様だった小さな小さな桜の下に埋められて、それが三年経ち、六年経ち、子供並みの背丈となり、ああ。
「この子も遂に小学生だわ」
完
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