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「さて、この話は、これくらいにしようか。君のオーダーの方の話をしよう。」
「はい。」
郁哉は、少し緊張が解けたのか、さっきよりも柔らかい表情になっていた。
「どんなものを作りたいんだい。」
「えっと…デザインはしてもらえるんですか?」
「作るアクセサリーによって、入れ込めないデザインもあるからね。まず、何を作るのか、どういうデザインを望むのか、そこからだね。その後、予算とか材質とかの細かいことを詰めていく。」
「…指輪作って欲しいんです。」
「彼女にでもあげるのかな?」
「…彼女じゃないです。でも、そうなれたらいいかなって思ってます。」
「じゃあ、指のサイズとかは、わからないね。」
郁哉は、サイズのことを失念していた。
「うわぁ…サイズかぁ…頭から抜けてた…しまったぁ…どうしよう…。」
落ち込んでしまった郁哉に、蓮は助け船を出してやることにした。
「大丈夫だよ。デザイン次第で、フリーサイズで作ることも出来るから。」
その言葉で、郁哉は、もう一度満面の笑みになった。
「何か、デザインに入れて欲しいものあるかな?」
「…チューリップを。」
「チューリップ?…花のだよね。」
「…あのう…可笑しいでしょうか?」
「いや、全然可笑しくなんてないよ。チューリップは、花だしね。花をモチーフにって依頼は、よくあるからね。…ただ、チューリップって言うのは、初めてだから、ちょっと驚いただけなんだ。何か思い出があるんだろう。」
「はい。」
男にこういうことを言うと、まず怒られるんだが、あえていうなら可愛い表情だ。
彼のはにかむような微笑みは、きっといい思い出なんだろう。
「チューリップは、1本だけだと直線なフォルムだけど、例えば、こんな風に花束のような感じにして、こう曲げてみたり、こんな風に絡めてみるデザインなんてどうかな?」
目の前のメモ帳に、幾つか簡単なデザインのラフ画を描いたら、それだけで、すごく感動してくれる。
こういうお客さんは、結果的に、やっていて遣り甲斐を感じることが多いんだ。
ギブアンドテイク…個展、真剣に考えてみようかな。彼のために。
このアポイントメントが、後々、俺達夫婦、いや家族に深く関わってくるなんて、その時は、思ってもいなかった。
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