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次は下の歯。できるだけ唾が飛び散らないように、小刻み且つ静かにブラシを歯に当てる。膝に載っている頭が右側に傾いで膝から落ちそうになる。
「おかあさん?」
右膝を軽く浮かせ、頭を元の位置に戻した。
義母の口がだらしなく緩んでいる。眠ったようだ。力の抜けた上下の唇を捲る。
六十代後半の口内事情なんて、こんなものだろうか。
俯瞰して見ると、義母の歯は旬を過ぎた茹でていないトウモロコシのようだ。歯茎も紫色で血色が悪い。おろしたばかりの歯ブラシには赤い斑点が浮かんでいる。
これはもう、徹底的にプラークを削ぎおとすべきなのかもしれない。だけどこの場には、ワンタフトブラシもフロスも置いていなかった。
畳の上に敷いたティッシュに歯ブラシを置き、義母の頭を自分の膝から床にそっと移動させる。膝に載せていたブラウンのフェイスタオルの繊維には、義母の白髪が三本絡んでいた。それらすべてを摘まんで、近くにあったゴミ箱に捨ててから、両手にはめていたラテックスの手袋を外した。
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