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揺れる永久歯
抜けるか抜けないかの瀬戸際にある歯は、見る者をハラハラドキドキおっかなびっくりさせる。もしこれが自分の歯だったら絶望感に襲われて好物も喉を通らないだろう。
「おかあさん、力任せに歯を磨いてません?」
さっきゴミ箱行きにした義母の歯ブラシは、毛先部分の真ん中がだいぶ凹んでいた。隕石が落ちた草むらのように。あんなもので鏡も見ずに擦っていたら、歯茎まで削ってしまうことになる。
私は新品の歯ブラシを利き手で軽く握り、もう片方の手で義母の薄い上唇を捲り上げて、上の歯列を軽くブラッシングし始めた。
「もうちょっと優しく磨かないと。歯周病も酷いし」
マスク越しでしゃべっても、目を瞑り大口を開けて私の膝の上でされるがままになっている義母には、はっきりと聞こえないだろう。聞こえないほうがいいのかもしれない。
上の奥歯二本は抜けてからずいぶんと時間が経っているようだ。補填することもなく放置された穴は、歯があったことなんて忘れたかのように平然とした体を成している。触ると滑らかだった。上の前歯二本は擦る度に明らかに動揺する。リンゴを丸かじりしたら一発で抜け落ちそうだ。
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