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正午になった。デスクの引き出しに押し込んでいた弁当を取り出した。周りの同僚は、ほとんど外食だ。弁当派、コンビニで買ってくる派はぽつぽついる。いつも昼食を共にしている田村に断りの内線を入れて、俺は弁当の蓋を開けた。へえ、と少し感心してしまう。昨日の夕飯の残りは一切入っていない。母親が子供の遠足の日に持たせるような、弁当らしい弁当。ケチャップを絡めたタコさんウィンナーに、形は良いが少し焦げ目があるだし巻き卵。水気をちゃんと切ってあるほうれん草の和え物。白飯の上には美味しそうな焼き鮭が載っている。味は新婚時に作ってくれていた愛妻弁当と同じものだ。ケチャップや卵焼きの焦げなど、ちょっとぎこちない所があるものの、素直においしいと思えた。最後に残ったウィンナーに手をつけたとき、デスクの上の携帯が振動した。メールだ。確認すると、美加からのものだった。
「愛妻弁当ですか? 仲が悪いのに、奥さん作ってくれるんですね。偉いですね。私も今度作ってきましょうか?嘘でーす?」
顔を上げて、周りをキョロキョロするようなヘマはしない。どこか近くで彼女は俺を見ている。
「押し付けてきたから、仕方なく持ってきた」
返信すると、すぐにメールがくる。
「捨ててほしかった」
嫉妬してくれたのだろうか。悪い気はしない。だけど、弁当を捨てる気にはなれない。食べ物を粗末にするのはいやだったし、弁当自体に罪はない。美味しそうに見えたし、食べてみたら期待を裏切らない味だった。十数年ぶりに復活した弁当は、懐かしい味がした。外食で味わうものとは違っている。たぶん、毎日似たような弁当でも飽きることはないような気がする。
「勿体ないよ」
「じゃあこれからも愛妻弁当を食べるんですか? この場所で?」
それが美加にとって不快であることはたしかだ。メールには一切絵文字がない。
「晴れてる日は公園で食べるから」
「そういう問題じゃないです」
「節約したぶん、君とのデートにお金が使えるよ」
「やっぱり奥さんの手作りって良いですか? 嬉しい?」
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