ほころびをつくろうとき

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 沙希の第一志望は、地方の国立大学だ。そこに受かれば、家を出て一人暮らしを始める。離婚する良いタイミングだ。離婚が成立すれば、晴れて楽しい独身生活が幕を開ける。ふたり暮らしになるのも時間の問題かもしれないが。  美加がぎこちなく笑った。半分信じて、半分疑う。そんな笑顔だった。  二人の、気持ちが悪いほどの優しい態度は、一過性のものではなかった。翌日もまた次の日も――朝食を三人で食べる。配偶者から手作り弁当を手渡され、それを会社で食べる。夕飯は遅く帰る俺のために、配偶者と娘が食事の準備をしてくれる。家の雰囲気が明るくなった。おいしいご飯、居心地の良い綺麗に片づいた部屋。家具にざらつきがない。音が心地よく響く。キッチンのシンクが朝日を反射する様は、見ている者をすがすがしい気分にさせる。配偶者が退職し、専業主婦になったことで得た唯一のメリット。自分でも気がつかなかったが、物理的な部屋の居心地の良さは、思っていた以上に心に影響を与えるものなのだ。 「じゃあ明日は、休日出勤でいないんだね? 残念。チョコレートケーキでも作ろうと思ってたんだけど」 「私が食べてあげるよ。お父さんの分まで」     
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