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沙希がはしゃぎ声をあげた。配偶者は朝食で使った皿を洗っている。使い終わった皿をさっさと洗う――これも共働きでは儘ならなかったことだ。流しに皿が積まれた光景を何度も見てきて、感覚が鈍っていた。それらを見て心が殺伐としていたことに、今更ながら気が付いた。専業主婦が家にいるのも悪くない――そう思い至ってしまって、慌てて否定した。いや、ちょっと待て。専業主婦になったこの女が、離婚を簡単に認めるか? だから俺は、彼女が仕事を辞めたいと言い出したとき、困ったなと思ったのだ。
「冗談だからね、お父さん。ちゃんと冷蔵庫で冷やしておくから」
顔を覗き込まれ、俺は苦笑した。距離が近い。こんなに近づいてくることは、今までなかった。沙希はいつも、俺から距離を置いて話しかけてくる娘だった。俺と配偶者が喧嘩をすれば、百パーセント母親の味方をする。配偶者が俺を見下せば、一緒に見下してくる。臭い、汚い、気持ち悪い。つい最近までは配偶者と一緒にこそこそ言っていた。どんなに可愛い、血のつながった子供でも、本気で苛立つことは多々ある。
「冷えてるほうがおいしいんだよな、チョコケーキは」
俺が話すと、二人は笑った。
「お父さん、わかってるじゃん」
沙希が俺の腕を両手で揺すってくる。こんな接触は、本当に久しぶりだ。小学校の低学年頃までは、俺に懐いていた。
「私もたまには息抜きしたいんだ。どこか連れてってよ」
俺の娘は両目とも一重瞼だと思っていたが、違う。片方だけ二重なのだ。顔を近づけられ、今日初めて気が付いた。遅すぎる発見だと思う。
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