ほころびをつくろうとき

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 土曜日は美加とドライブデートをした。彼女と部屋で二人きりになるのは避けていた。ちゃんと離婚するまではプラトニックの関係で。美加との交際がスタートしたとき、そう約束していた。だから友達だと言い逃れができる程度のデートしかしない。デート中の彼女は、相変わらず可愛かった。二十代前半だから、肌はみずみずしいし、恰好も年齢にあった、若々しいものを着ていてそれがとても似合っている。でも、いつものようにテンションが上がらない。なんでだろう。家の冷蔵庫で冷えている、チョコレートケーキが気になるんだろうか。配偶者の作った洋菓子はどれも美味しい。結婚前はよく作って、俺の一人暮らしのアパートに持ってきてくれた。スイカシャーベット、フィナンシェ、スコーン、チーズケーキ、焼きドーナツ――エトセトラエトセトラ。その中でもチョコレートケーキが絶品だった。板チョコと卵だけを使った、チョコレートの純度が高いケーキ。わざわ ざ卵白を泡立ててメレンゲにして作る、手間のかかったケーキ。  もう帰るの? 美加の不満そうな顔を見ても、ドライブを続ける気にならなかった。宥めるように彼女にキスをして、デートを終了させる。  夕方の四時。俺が自宅に戻ると、沙希が嬉しそうに玄関に駆けてくる。 「やったー帰ってきた! 待ってたんだよ!」  なんだよその、派手な喜び方は。そんなに俺がいなくて寂しかったのか。思わず笑ってしまうと、沙希は一段と嬉しそうに顔を崩して笑った。 「やっと笑ってくれた」  ――そうかもしれない。家の中で笑うことなんて、最近はぜんぜんなかった。でもおまえだって、そんな風に笑いかけてくれたこと、なかったじゃないか。小学校の高学年ごろから、おまえはいつも母親にばっかりくっついて、俺を馬鹿にしていたじゃないか。  恨み言が浮かんだが、口にするのは憚られた。せっかく良い雰囲気なのに、それを崩したくない。     
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