ほころびをつくろうとき

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 リビングに足を踏み入れると、配偶者がキッチンでコーヒーを淹れているところだった。いつものコーヒーの匂いがする。酸味と苦みが良い具合に混ざった、値段は安いのに、なかなか美味なコーヒー。ちょうど飲みたいと思っていたのだ。コーヒーサーバーから薄茶色の液体がマグに注がれる。配偶者が冷蔵庫からチョコレートケーキを取り出す。チョコレートケーキと、ブラックコーヒー。最高の組み合わせだ。  テーブルの席に着くと、配偶者がふたつをさっと持ってくる。 「おかえり。私服で会社に行ったんだ」  ぎくりとした。今朝は、二人が起きる前に家を出ていた。私服であることへの突っ込みなんて、想定外だった。 「ああ。休日出勤っていっても、やり残した事務処理ぐらいでさ。会社に客も来ないし」  適当に言い繕う。こんな風に、後ろめたい嘘をつくのも滅多にないことだった。毎週土曜日は美加とデートで家を空けていたが、配偶者も沙希も、どこに行くのか、目的はなにか、なんて一度も聞いてきたことがない。俺を信用していたというより、関心がなかっただけだ。いないほうが良かったはずだ。俺の分のご飯を用意しなくていいから、手抜きし放題だっただろうに。  チョコレートケーキを一口食べる。苦みと甘さがバランスよく混ざっている。舌が喜びで震えた。首のあたりに一瞬快感が走った。すごく、美味しい。コーヒーを一口飲むと、舌が落ち着いた。 「うまいな」 「久しぶりに作ったから、失敗しそうになっちゃった。メレンゲを潰しちゃって」     
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