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田村が遠い目をして話し続ける。そういえば、そんなこともあった。あの頃は、あいつのことが大好きだった。結婚して俺だけのものにしたいって思った。理恵子が家で待っていてくれるって思うと、早く仕事を終わらせる努力をした。最初から自宅が針の筵だったわけじゃない。
新婚当時は、お互いの欠点なんて可愛いものに見えた。寛容だった。短所だって個性だと認めていた。それなのにどうしてだろう。一度それが目につき始めるともう止まらない。他のことまで気にかかり、どんどんスキンシップが億劫になっていく。子供が寝付いたあとに軽くキスしたり、彼女が立ち上がった隙にふざけてお尻を触るといった軽い接触さえ、面倒になるのだ。そして、気が付いた時には、お互いがただの同居人に成り下がる。
「はやく食べろよ。昼休みが終わっちゃうぞ」
田村に促されて、目の前の皿に目をやる。定食のおかずが半分以上残っている。だが、あまり食べたいと思えない。
「いいよ、残す」
「勿体ないな。――舌が肥えたのかもしれないな。手作りの弁当のほうが旨いもんな」
昼食をあまり食べなかったせいで、早い時間にお腹が空いた。取引先のトラブルにも遭遇せず、顧客からのクレームもない平穏な一日だったため、俺は久しぶりに定時で帰ることにした。早く退社できるときは、美加にメールで夕食を誘うのが常だったが、今日はそういう気分になれなかった。
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