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理恵子はホスピスに行って二週間で死んだ。その二週間の間、俺は一度も見舞いには行かなかった。場所を教えてもらってないのに、来るなと言われたのに、行けるわけがなかった。沙希は毎日、下校したあとに寄っていたようだ。だから、ホスピスは遠くはなかったと思う。死に際の顔も見なかったし、最期の言葉も聞いていないから、理恵子が本当に死んだのか分からない。でも、棺に化粧済みの死体が入っていたし、葬式をしたし、火葬されたから、死んだんだと思う。俺が喪主をした。涙は出なかった。
一週間、弔事で会社を休んだ。その間、沙希とはいろいろ話した。これから家事は分担する等、生活の細々としたこがメインだった。お父さんは四月から一人になるから、ちゃんと家事ができるように、私が教える、と沙希が言った。受験だろ、と俺が言うと、息抜きは大事だから、と返してきた。
「ね、押し入れの整理しようよ。お母さん、途中でやめちゃったから」
その言葉で、理恵子がフリフリの白いエプロンを身に着けていたことを思い出す。二人の態度が一変した一日目だった。玄関で、俺に向かって笑って話しかける理恵子の顔が浮かんだ。
押し入れの中には、たくさん段ボールが詰め込まれていた。沙希がその中の一つを取り出し、中身を出した。
「ほら、これ。私が小さいときに使っていたレッスンバッグ」
沙希が、正座した俺の膝に、置いてくる。ピアノの鍵盤の柄の、キルト生地の、よくあるレッスンバッグだった。だが、取っ手がなかった。
「壊れてるじゃないか。なんで捨てないんだ?」
「これ、お母さんが見てね、泣いたんだよ」
「――なんで」
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