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ほころびをつくろうとき
もはや妻、嫁、奥さん、家内、かみさん、愚妻、どんな呼び方もしっくりこない。外で「愚妻」といったらあの女はどんな反応をするだろう。「賢妻といいなさい!」なんて返しはまずないだろうが。
もっと冷静で、形式的で、なんの感情も入り交じらない……そんな言葉はないものか。
人を感知したセンサーライトが俺の手元を明るく照らしだす。カーポートの柱に凭れた格好で携帯電話のディスプレイを見つめ、しばし考える。すると、先日会社に提出した扶養控除の申告書が頭に浮かんだ。毎年年末調整の時分に見る白地に緑色の枠線の紙。そうだ、「配偶者」がいい、ぴったりだ。ユニセックスな呼称に、好感さえ覚える。美加へのメールには「配偶者」を採用することにした。
「何度もいっているけど、配偶者に対して俺はなんの未練もない。だけど娘の大学受験が終わるまで、もう少し待ってほしい。今度の土曜日はドライブでもしよう」
文末にハートマークを入れて終了。宛先を確認し、送信ボタンを押した。これで少しは彼女の気持ちも収まるだろう。
送信したばかりのメールを即行で削除していると、もう美加から返事がくる。
「わかった。土曜日楽しみにしてるね」
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