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卓袱台と、音の出ていないテレビのある居間に座った。当時でも少なくなっていた豆電球が黒いコードで天井からぶら下げられ、橙色のぼんやりとした世界を作り出していた。
窓を見ると、窓枠に真っ黒な布が掛けられている。道理で外から見ても、いつも真っ暗なはずだとボクは気づいた。
「そないに気になるか」
老人は、座椅子に持たれ掛けながら、ボクら三人の顔を見ていた。その目は、迷惑や怒りというのではなく、とても優しげな眼差しだった。
「いつから、おっちゃんはここに住んでるん?」
大阪では、おじいちゃんも、おにいちゃんも、一括りで『おっちゃん』になってしまう。
「一人で住んでんの?」
「買いもんとか、どうしてるん?」
「おっちゃん、何歳?」
ボクらは矢継ぎ早に質問をした。
「なんや急に。いっぺんに聞かれても答えられへんわ」
老人はそう言いながら目を細めた。
その老人は少なくとも大阪大空襲があった1945年よりも前から、この一軒家で住んでいたらしい。もともと奥さんと、息子の三人で暮らしていた。息子は戦争に兵隊にとられ、音信不通のまま帰らずじまいのままで、奥さんは戦争が終わってしばらくして病気で亡くなった。終戦後まもなくの頃から、この老人はここに一人で暮らしているという。
老人は正確な年齢を教えてはくれなかったが、今、ざっと計算してみても70から80歳くらいで間違いはないだろう。人の出入りの様子がないと思っていたことも、今から考えれば、日中にはボクらが小学校に缶詰めになっていたせいである。きっと、日中に買い物や何かの用事で人並みには出掛けていたのだろう。
大人になって調べたことだが、大阪大空襲は終戦の年の1945年の3月から終戦の日を迎える8月まで、数回にわたって繰り返された。この一軒家は、そんな大阪大空襲を奇跡的にくぐり抜けてきたということになる。
「そろそろ、家の人も心配するやろうから帰りや。お祈りもせな、あかんしな」
老人はそう言って、座椅子から立ち上がり、居間の奥にある柱に向かって正座した。
「なんなん?お祈りって?」
三田くんが老人に尋ねた。
「亡くなってもうた奥さんから頼まれてんねん」
「何を?」
松村くんがそう言いながら、老人の前の柱に近づいた。
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