おばあちゃんと私

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 おばあちゃんが亡くなって数日後。  おじいちゃんがナースステーションを訪ねてきました。  入院生活の御礼にきてくれたようです。  おじいちゃんはステーションの入り口に立つと、大きく深呼吸しました。  そして、 「もう……泣かない!!」  突然それだけ大声で宣言したのです。唐突なおじいちゃんに、一同シン……と静まりかえりました。 「もう、泣かないと約束したから……」  誰に言うでもなくそう呟き、おじいちゃんは踵を返しました。  出口へ足早に向かいます。 「あの……!!」  病院の玄関を出たおじいちゃんを追って、私も外へ出ました。  おじいちゃんが唇を噛みながらこちらを振り返ります。微かに腫れた瞼。  ここに来るまで、たくさんたくさん泣いたのでしょう。  大切なひとをなくした時、他人がなにを言っても慰めにはならない。  そんなことは看護師経験の浅い私でもわかります。  でも。 「おばあちゃんが言っていました」  私は玄関前の桜の木を仰ぎ見ました。  視線の先には、空を覆う満開の桜。  私につられるように、おじいちゃんも桜を見上げました。 「桜が……すきだって」  そんなことおじいちゃんは、とっくに知っているのです。けれどもその事実を確認せずにはいられませんでした。おばあちゃんが幸せに生きた証。それを確かに私たちは桜でみたのです。  おじいちゃんの瞳と鼻はみるみる赤くなりました。うっすらと眦が光ります。  けれども桜を見上げていたので、涙はこぼれません。    私はただ黙って、おじいちゃんと咲き誇る桜の花を見つめていたのでした。    
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