猫の歎願

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 ある朝目覚めてみると、玄関で戸口を引っかくような音が聞こえたので、起きだして見てみると、靴脱ぎ場でちょうど猫が人のように立ち上がり、前足を使って鍵を開けようとするところであった。いや、その手先の意外な器用さにはもちろん驚いたが、どういうわけだか、猫の体そのものが人間並みに大きいようだ。呆然と立ち尽くしているうちに、猫は二本足で立ったまま前足で玄関の引き戸を開け、とことこと外へ歩いていってしまった。私はサンダルを突っかけて、あわててその後を追った。そして、妙な具合に長い猫の背中に向かって声をかけると、猫はぐるりと首をめぐらせて、野太い声でにゃあと鳴いた。その姿や目つきの威容に私はぎくりとして立ち止まった。猫はもう一度前を向いて、相変わらず二本足のまま歩いていった。私は後を追う勇気を失い、悪い夢でも見たのだと思い直して、家の中へ引っ込んだ。しかし、その日から猫の姿はしばらく見えなかった。
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