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東郷治樹は尻餅をつきながら、自分が今跳躍していた空に眼を向けた。己の身の丈よりもはるか高いところで伸びた木の枝が、その途中でぽっきりと折れて短くなっていた。東郷は、またひとつ自分が人間の枠を超えたという実感を得て、密かに胸を躍らせた。彼はこの数日の修行の末、実に助走無しで高さ三メートル近い超跳躍を会得したのであった。折れた木の枝は、自分がそこまで飛んだというしるしのために、蹴りで叩き割ったものだ。目の前にそびえる大木を下から上に眺めると、哀れにも、先ほど叩き折った枝から下はすべて、葉っぱの一枚もない丸裸と言う有様であった。東郷がひとつ高く飛べるようになるごとに、枝をいちいち蹴り折っていった挙句、こうなってしまったのだ。それ以外にも、木の幹には無数の拳突きや蹴りのあとがあり、東郷の身の丈相当の高さにある樹皮はすっかり剥がれ果て、新しく削りだした木材と同じ白い木肌をあらわにしていた。また東郷自身の拳、ひたい、肘、膝、足甲、かかと、くるぶし、肩、掌、その他、己の肉体で思いつく限りの当て身を試し、その分だけ皮膚はむけ、赤い肉が盛り上がり、長く外気にさらされて固まりかけてもいた。拳や足などは実に修行前の二倍近くにも巨大に膨れ上がっていた。これもまた、東郷が己の極限を突き詰める上で変容していったもののひとつであった。実に風体は、修行以前に輪をかけていかめしく、不潔さを身にまとい、ますます常人離れをしていくようだったが、その実感は逆に東郷にとって一通りならぬ歓喜に変わった。常に常人ならずやという信念を抱いてからは、東郷にとっての充実は、自身の更なる変容と向上とに尽きていたのである。
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