1人が本棚に入れています
本棚に追加
物思わぬ機械のようにただ世間に順ずるのを嫌ってから数年来、職も辞して根城にしていた町外れのあばら家をこの間飛び出して、幾数日と歩き続けて、どこともつかぬ、この深き森にたどり着き、あらかじめ持参していた食料も乏しく、食うや食わずの毎日に耐えながら、いまや慢性的な空腹も己の精神を、より高き境地に追い込むものと逆に利用して、人であることを捨て、あるいは忘れんと、ただただ自分をこの世に縛り付ける肉体をこれでもかと酷使し続けた。いつしか東郷は痛みも忘れ、常に己の念頭で霧のようによどんでいた限界というやつも忘れ、ここ数日、所業そのものはますます苛烈を極めども、胸のうちはすっかり晴れやかなまま、この狂人めいた生活を続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!