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東郷は立ち上がり、今一度こぶしを握り締めて、姿勢を正しながら木肌に向かって突きを二、三度繰り出した。こぶしと木肌が勢いよくぶつかり合うたびに、小さく爆ぜるように発せられる衝撃が乾いた音となって木の髄に染み渡り、それはやがて森全体へ広がって、緑に包まれた澄み渡る大気すべてを振るわせた。己の力がありのまま純粋に自然に影響を与えられることを実感して、東郷は満足した。この森での生活も今日で最後にして、東郷はあの申し訳のような粗末な軒に帰ることを決意した。そこで今から、東郷の烈烈たる意力を真っ向から受け止め続けた何某の名ともしらぬ大木に敬意を払うため、夜が明けるまで正面と向き合って座り、木との意思の疎通を試みようと思った。東郷は背筋を伸ばし、膝を折って正座すると静かに目を閉じた。そして、ここ数日打ち続けた木肌の感触を思い起こしながら、大木の意思を探らんと心を向けた。
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