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「申し訳ないのだけど、あと少し待ってくれないかな。うれしい申し出だし、すぐにでも返事をしたいところだけど、こちらも九月に開店一周年記念のイベントを企画してるんだ。準備との兼ね合いもある。なにせこの店は、俺と蒼衣の二人しか従業員がいないからね。いい加減にことをすすめては、南武さんにも、咲希さんにもご迷惑がかかるから」
と、助け船を出してくれた。
八代はこういうとき、蒼衣のように腰が低すぎたり、かといって黙ることはない。的確に状況とこちらの要望を、相手のわかる言葉で伝えることのできる人間だった。
腕組みを止めた咲希が、少しねえ、とひとりごちる。
「……一応、魔法菓子はお得意様からの要望だからってことで、ぎりぎりまで粘れるはずです。でも、早めに返事をください。できれば、六月の頭には。こっちも滞りなく仕事を進めたいので」
では、と咲希はさっさと店を出て行った。ドアを見て、八代は肩をすくめる。
「君の妹はなかなか、パワフルだねえ」
「ごめん。昔からああいう子で。我が道を行くというか、せっかちなんだ」
「さて、いい話だけど、どうする」
八代は含みのある目で蒼衣を見た。
「……それもごめん、もう少し考えさせてくれないかな」
地元のお店中心なのだから、パルフェが出ない訳がない。経営面から言えば、出るのがどう考えても正解だ。だが、心の奥で引っかかりが多すぎて、がんばろうとする気持ちがすっかり引っ込んでしまった。
「蒼衣、やっぱり、おまえまだ――」
「ごめん、配達された食材、しまってくる」
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