recette1 心の魔物と魔法菓子(完結)

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recette1 心の魔物と魔法菓子(完結)

「端から端まで、全部のケーキ、ここで食べていきますっ!」  鈴木(すずき)信子(のぶこ)は、ケーキの並ぶショーケースを前にして叫ぶように言った。 「ええと……それは、全種類を一個ずつ、ということで、よろしいでしょうか?」  ショーケースの向こうに立つ優しげなパティシエは、信子の注文に戸惑いを隠せない様子だった。  それもそうだろう。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をした女子高生が、十八時の夕飯時にケーキ屋に駆け込み、あまつさえ全種類のケーキを喫茶スペースで食べようとしているのだ。 「そうです!」  信子はやけっぱちになって答える。  心の中の苛立ちをそのまま含んだ声に、パティシエは一瞬気おくれした顔をしたが、さすがにプロの顔をして、 「かしこまりました。ご用意いたします」  と言った。    信子がこのケーキ屋にたどり着いたのは、本当に偶然だった。  時間はさかのぼり、放課後。いろいろあって最低最悪、とにかく苛立った気分の信子は、いつもは右に曲がる道を左に曲がった。不機嫌なまま家に帰れば、弟や妹が詮索してくるのは目に見えている。それに、親にも心配をかけたくない。素直に家に帰りたくなかった。     
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