第14話 「束の間の休息」

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○ 大型戦艦アスモデウス・大ホール 演台に立つエーデル。横には霧江。 エーデルの背後には大きなスクリーン。 世界地図が投影されている。軍艦島中心 地、ヴェネチアのリアルト橋、南極大陸 の昭和基地、フランスのベルサイユ宮殿、 中国の万里の長城、エジプトの大ピラミ ッドの位置で、赤い点が点滅している。 ざわついて広間で立っているサイボーグ たち。その中にリーザたちもいる。 エーデル「先に霧江が説明した通り、この点 は敵側、ロボットたちの幹部が待ち構えて いる箇所を示していると思われる。今回の 作戦は、グループに分かれての各個撃破だ。 危険度が相当高いのは間違いない。よって、 今回の作戦は強制ではない」 さらにざわつくサイボーグたち。リーザ の表情は変わらない。エーデルを見つめ ている。 エーデル「三日だ。(三本の指を立て)明日 から三日の休暇を与える。その間に参加す るかどうかの意志を決めて欲しい。家族に 会うのも自由、友人たちと遊ぶのも自由だ。 悔いのないようにすごして欲しい。参加す る者は三日後、ここホールに集合だ。以上、 解散!」 ○ 月・第5層・松井古書店・店内 リーザ「(書物を本棚に戻しながら)という わけなんだ」 カウンターで座っている源三郎。 源三郎「クビになった訳じゃねえんだな。つ まらん」 リーザ「(適当に本を取り、ペラペラとめく りながら)どう思う?」 源三郎「何が」 リーザ「作戦に参加するべきか」 源三郎「儂が決めることじゃない」 源三郎、机上に置いてある写真立てを、 懐かしそうな目でチラッと見る。写真に は少し若い頃の源三郎(65)と、響(21) が写っている。二人とも肩で抱き合い、 笑っている。 リーザ「そうだけど、言い方ってものがある でしょ。あっ、見つけた」 と、リーザ一冊の本を取り、源三郎の元 へ歩く。 源三郎、リーザにバレないように、素早 く写真立てを倒す。 源三郎「お前はどうしたいんだ」 リーザ「(本を渡しながら)私? うーん、 行きたいけど……」 源三郎「(本を受け取りながら)けど?」 リーザ「仲間に迷惑をかけるかもしれない… …」 源三郎「かけりゃいいじゃねえか」 リーザ「えっ?」 源三郎「仲間ってそういうもんだろ」 リーザ「でも……」 源三郎「お前の仲間は迷惑をかけられたら、 お前を嫌うのか?」 リーザ「それは――ないと思う」 源三郎「フン。なら、かければいい。気にな るなら、今度返せばいいだけだ。まあ、そ んなことも気にしないのが仲間だと儂は思 うがな」 リーザ、面食らったような顔をして。 源三郎「どうした?」 リーザ「爺さんから初めていいことを聞いた 気がするよ」 源三郎「……一万円だ」 リーザ「えっ? 何が」 源三郎「この本の値段だ」 リーザ「嘘だ! ぼったくり! せいぜい、 千円ぐらいでしょ」 リーザ、茶封筒からお札を出そうとして。 源三郎「ハッ。いらねえよ」 リーザ「ただでいいの?」 源三郎「その代わり、生きて帰ってこい。で、 帰ってきたら一万円払え」 源三郎、本をカウンターの上に置く。 リーザ、素早くその本を手に取り、その 場から去りながら、 リーザ「それは断わる」 リーザ、出て行く。 静かになる室内。 リーザ、店の入り口から顔だけを出し、 リーザ「生きて帰るけどね。じゃあ、また来 るよ。いいの仕入れといてね」 源三郎「フン」 リーザ、去って行く。 源三郎、写真立てを立て直し、懐かしい 目で見ながら、 源三郎「あいつはお前とは全然似てないな、 響」 笑顔の二人。 源三郎、ひどい咳をする。 ○ 同・第4層・ウォーカー家前 カイルとメルが茶トラ柄の猫と遊んでい る。 カミラの声「あんたたち、またトラと遊んで るの?」 声に振り返るカイルとメル。二人とも目 を輝かせ、 カイル「姉貴だー!」 メル「お姉ちゃんー!」 メル、カミラに飛びつく。 カミラ、受け止める。 カミラ「メルの甘えん坊は相変わらずねぇ」 と、メルの頭を撫でる。 メル「えへへ」 カイル「なんだ、姉貴。仕事をクビになった の?」 カミラ「(メルを抱いたまま)休みよ。休み。 ねぇ、母さんは寝てる?」 カイル「さっき見たけど、起きてたぜ」 カミラ「そう。ちょうどいいや」 カミラ、メルを降ろす。 メル「遊んでくれないのぉ?」 カミラ「(メルの頭を撫で)母さんと大事な 話があるから、そのあとね」 メル「うん、わかったー」 カミラ、玄関に向かう。 ○ 同・同・ルーシーの寝室 ルーシー、布団から体だけを起こし、カ イルの破れた服を縫っている。 カミラの声「入ってもいい?」 ルーシー「大丈夫よ」 カミラ、入って来る。 カミラ「またカイルの服を縫ってるの? 私 のお金で新しいの買えばいいのに」 ルーシー「こら。無駄遣いはよくないでしょ。 使えるものは最後まで使う。ウォーカー家 のしきたりよ」 カミラ「初めて聞いたけどねぇ……。まあ、 いいわ。よいしょっと」 カミラ、ルーシーの横であぐら座り。 ルーシー、縫うのをやめて、 ルーシー「またあんたは……。もう少し女の 子らしくできないの」 カミラ「母さん、それはもう古い古い。昔の 価値観だよ」 ルーシー「はぁ……。誰に似たのかしら」 カミラ「父さんじゃない?」 ルーシー「――かもね。で、私に話があるん でしょ」 カミラ「やっぱり分かる?」 ルーシー「何年、あんたの母親をやってると 思ってるのよ」 カミラ「じゃあ、正直に言うね。――次の任 務は死ぬかもしれない」 ルーシー「それがどうしたの?」 カミラ「それがって……」 ルーシー「私はいつでもその覚悟はできてる わ」 カミラ「本当?」 ルーシー「ええ」 カミラ「私が死んだら、誰が母さんやカイル 達の面倒を見るの? お金は?」 ルーシー「お金は軍からもらえるでしょ。あ なたが死んでも。もちろんそうならないよ うに祈ってるけどね。お金は大丈夫よ」 カミラ「でも!」 ルーシー「私の面倒は――そのお金で誰かを 雇うわ。体の調子がいい時は、こうやって 裁縫でもして、それを売ったりね」 カミラ「それでいいの……?」 ルーシー「ええ。一番はあなたが元気で帰っ てくることだけどね」 カミラ「それは――頑張るよ」 ルーシー「頑張るんじゃなく絶対帰ってくる のよ。リーザちゃんと一緒にね?」 カミラ「うん!」 ○ 同・同・教会前 子供たちと遊んでいるクレイア(47)。 修道服を着ている。 サラの声「クレイア姉ー!」 クレイア、声に気づき、頭をあげる。 クレイア「サラ!」 と、サラと隣にいるエマに駆け足気味で 近づき、二人をきつく抱きしめる。 エマ「い、痛いよ…。クレイアお姉ちゃん… …」 クレイア、サッと腕を離し、 クレイア「あっ、ごめんなさい……。あなた 達が心配で心配でつい」 サラ「心配しすぎだよ。私たちもいい年なん だし」 エマ「年はとらないけどね」 サラ「これは一本取られたねー」 サラとエマ、笑い合う。 クレイア「(笑顔で)あなたたちは変わらな いですね」 エマ「クレイアお姉ちゃんも綺麗だよ? 若 く見えるよ……?」 サラ、微笑。 クレイア「フフ。そういう意味じゃないんで すけどね」 サラ、エマに抱きつき、頬をすりあわせ る。 サラ「ああ、もう僕の妹はかわいいな!」 エマ、なすがまま。 エマ「???」 サラ、エマを抱くのをやめ、 サラ「さてと僕はちょっとクレイア姉と話が あるから、友達に会っておいでよ」 エマ「あっ、うん。そうする」 エマ、子どもたちの方にゆっくりと歩い ていく。 子どもたちに囲まれるエマ。はにかんだ 笑顔。 笑顔でその様子を見るサラとクレイア。 クレイア「あの笑顔は宝物ですね」 サラ「ああ」 クレイア「話は私の部屋でしましょうか」 ○ 同・同・クレイアの部屋 白色が基調で素っ気ない部屋。本棚、ベ ッドなど最低限の物しか置いていない。 向かい合わせで、木の椅子に座っている サラとクレイア。 二人の前には木製のテーブル。その上に は、ティーカップに入ったコーヒー。 サラ「いただきます」 と、コーヒーを一口飲む。 サラ「(笑顔で)いつものだ」 クレイア「あなたが好きな豆が残っていたよ かったわ」 と、コーヒーを一口飲み、カップを置き、 クレイア「話の方は大方予想はついています が……」 サラ「流石だね。クレイア姉には敵わないよ」 クレイア「エマのことでしょう」 サラ、ゆっくりとうなずく。 サラ「今度の作戦はかなり危険なものになり そうなんだ。それこそ――」 クレイア「命を落とすぐらいですね?」 サラ、黙ってうなずく。 クレイア「エマを置いて行くことには私も賛 成ですが」 サラ「じゃあ……」 クレイア「でも当の本人はどうでしょうね」 と、ドアの方をチラッと見る。 サラ「!?」 ドアの隙間からエマが、サラたちを凝視 している。 サラ「えっと……エマ……?」 エマ「サラお姉ちゃん、わたし、足手まとい ……?」 サラ「(椅子から立ち上がり)ううん、そん なことない! エマにはいつも助けられて るよ」 エマ「ほんと?」 サラ「本当だよ。でも今回の作戦は――」 エマ「分かってる」 サラ「分かってるって……」 エマ「死ぬかもしれないってこと」 サラ「なら……」 エマ「でも私もついて行く。お姉ちゃん一人 だと心配だもん……それに……」 サラ「それに?」 エマ「私がいないと、アレもできないでしょ ?」 サラ、核心を突かれたような表情をして。 サラ「――参ったな」 と、ふと天井を見上げ、エマに視線を向 け、 サラ「降参だ。エマを置いていかないよ」 エマ「ほんと?」 サラ「ああ」 エマ「絶対?」 サラ「ああ、絶対。私が約束を破ったことあ るかい?」 エマ「……たぶんない」 サラ「(苦笑い)たぶんか……」 エマとサラ、笑いあう。 クレイア「ほら、エマもそんな所にいないで、 こちらに来なさい」 と、手招き。 エマ「うん」 と、部屋に入って来て、サラの隣の席で 座る。 クレイア「やっぱりあなたたちはいつも一緒 のほうがしっくりきますよ」 サラ「僕はそうだけど、エマはどうなんだい ?」 エマ「私もお姉ちゃんの隣は落ち着くよ。も ちろんクレイアお姉ちゃんの隣も」 サラ・エマ・クレイア、笑いあう。 クレイア「ああ、あなたたちに渡す物がある んでした」 と、立ち上がり、背後の机の引き出しか ら木の箱を取り出し、テーブルの上に置 く。箱は平べったく、簡素。 エマ「(興味ありげな表情で)なにこれ?」 クレイア「ふふふ」 クレイア、箱のふたをゆっくりと開ける。 中には太陽をモチーフにしたシルバーペ ンダントと、三日月をモチーフにしたシ ルバーペンダントが入っている。 エマ「わぁ、きれい」 サラ「これは?」 クレイア「知り合いにこういうアクセサリー を作るのが得意な人がいましてね。あなた たちに」 と、太陽のペンダントを取り出し、サラ に渡しながら、 クレイア「これはサラ、あなたの分」 サラ、受け取る。 クレイア、三日月のペンダントを取り出 し、エマに渡しながら、 クレイア「これはエマ、あなたの分」 エマ、受け取り、ジーッと眺める。 エマ「もらっていいの……?」 クレイア「ええ。もちろん。これでも少ない ぐらいですが……」 サラ「別に気にしなくていいのに」 クレイア「あなたたちが送ってくれるお金で ここは活動できてます。これぐれいのお返 しはさせて下さい」 サラ、笑顔で、 サラ「じゃあ、お言葉に甘えて」 サラ、太陽のペンダントをつけようとす る。 エマ、三日月のペンダントを難なくつけ る。 サラ、ペンダントをつけるのに手間取っ ている。 エマ「お姉ちゃんは相変わらず不器用……」 と、サラに手を差し出す。 サラ「――頼むよ」 と、太陽のペンダントをサラに手渡す。 エマ、受け取り、難なくサラの首にペン ダントをつける。 エマ「できたよ」 サラの首にかけられた太陽のペンダント。 エマの首にかけられた三日月のペンダン ト。 エマ「クレイアお姉ちゃんの分は……?」 クレイア、胸元から十字架のペンダント を取り出し、 クレイア「私にはこれがありますから」 サラ、太陽のペンダントと三日月のペン ダントを交互に見て、 サラ「なんで太陽と月なんだい?」 クレイア「お互いがお互いを補う関係だから ですよ。あなたたちみたいに」 サラ「クレイア姉……」 クレイア「あなたたち二人とも、私の大事な 子供ですからね。太陽と月のように、二人 とも無事に戻ってきなさい。片方だけはダ メですからね?」 サラ・エマ「(頷く)うん!」 ○ 同・第6層・街路 食べ歩きをしているイレーネとクロエ。 イレーネは両手に大きなクレープを持っ ている。 イレーネの口元には、生クリームがつい ている。 クロエ、その生クリームを手で取り、な める。 イレーネ、少し赤面し、何か叫んでいる。 ○ 大型戦艦アスモデウス・吉乃の部屋 ヘッドホンをして、必死に格闘ゲームを している吉乃。 ○ 同・元老院の間 元老院のメンバーたち、階下でひざまず いているエーデルを見ている。 ケテル「その誘いに乗るのか?」 ユーニ「どう考えても罠でしょー。それ以外 考えられないしー」 エーデル、挙手。 ケテル「発言を許す」 エーデル、立ち上がり、一礼。 エーデル「私に案があります」 ケテル「言ってみろ」 エーデル「はい――」    ×   ×   × ゲブラー「そんな上手くいくかねぇ」 ケテル「エーデル、この件はお前に一任する」 エーデル「はっ」 ケテル「吉報を期待している」 エーデル「お任せ下さい」 と、一礼。 ケテル「以上だ。地球奪還のために」 元老院のメンバー「地球奪還のために」 エーデル「(ひざまずき)地球奪還のために」 エーデル、円形に切り抜かれた床が降下 し、姿が消えて行く。 コクナーン「(ケテルに)彼女に任せてもよ ろしいのですか?」 ケテル「あいつが死んでも、代わりはいくら でもいる」 ○ 月・第5層・リーザの部屋 リーザ、机の引き出しを開ける。中には アーサーのレンズが割れた黒縁眼鏡と、 シズネの欠けたピンク色のバレッタ。 リーザ「(見ながら)行ってくるよ。パパ、 ママ」 ○ 大型戦艦アスモデウス・大ホール 整列しているサイボーグたち。リーザた ちもいる。皆、真剣な表情。 演台に立つエーデル。横にいる霧江。 エーデル「まずは感謝したい。誰一人も欠け ることなくここに集まってくれたことを。 その気持ちは嬉しいが、これだけは言って おくぞ。誰も死ぬな。命を粗末にするな。 絶対に生きて帰れ。これが命令だ」 エーデルを見ているリーザ。 エーデル「そして――サプライズだ」 霧江、エーデルをチラ見する。困惑の表 情。 エーデル、霧江をチラ見。ニヤッと笑う。 霧江「まさか……」 エーデル、正面に向き直り、 エーデル「今回の作戦には私も参加する!」 と、右腕を前に出す。 リーザ「えっ!?」 霧江「はい!?」 ざわつくサイボーグたち。 驚きのあまり口を開いているリーザ。                        (第14話 終)
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