2章

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「あのう」  店内にもいくつか足休めの席がある。  お婆ちゃんは奥の上がり口から腰を折って降りて来た。 「あら、どうなすりました?」 「お餅とお茶ごちそうさまでした、とても美味しかったです。それで御代の方なのですけど」  懐の財布に手を伸ばす馨を見てお婆ちゃんは「それなら」と話し出す。 「吟さんのツケになっていますから。吟さんはよう女の方連れて来るので、御代は全部、後に払う手筈になっておいでなんです」  茶屋でツケとは馨も初耳だ。 「女性の方の前で代金を出すようなせせこましい真似したくないって。吟さんらしいでしょう」  深い皺を刻みにっこりするお婆ちゃんにつられて馨も首肯した。この辺りでは随分可愛がられている事を何の気なしに言われているようだった。  舞台に間に合うように寄席へと着く、ざわざわとした下町の雰囲気に紛れて吟次の舞台を見守る。  本日の彼の役どころは艶やかな女形だ。  豪華な着物に身を包み口元に絶やさぬ微かな笑みが見ている観客を夢心地にさせる。多分、天女が空から降ってきたのなら、夢の中にいる気分にさせられるのだろう。  まさに吟次の艶姿は、深い感動さえ伴うほど、美しい。  普段から女性らしい暮らしをこなし、なるべく女形としての意識を持ち生活をしている自分と、普段は健康な男子らしく過している吟次は正反対なのに、どうのようにして菩薩のような美しさが出るのだろう。  自分と比べればどことなく悔しさが滾々と湧き出す。  劇の最中、そればかり思ってしまう。
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