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「いいえ、心配しなくて大丈夫ですよ」
そう言って何事もなかったようにご飯に箸をつける。だが、先程までの食欲は湧いてはこなかった。
「馨さん、おはよう。大丈夫かい?」
稽古場で厚志の控え室に向かう。厚志ははつらつとした笑顔で馨を出迎えた。
「ええ、お陰様で今日はこの通り元気でございます。昨日は迷惑をお掛けしてごめんなさい」
既に着替えを済ませ化粧台の前に座っている厚志は「入って下さい」と戸口に居る馨を招きいれる。
「すまない事をしました。馨さんとしては俺みたいな半人前に昨日のような事を言われたら嫌な気分になりますよね」
実に厚志らしい素直で邪気のない清々しい謝罪だった。
「そんな事はありません、私の管理不足でご迷惑おかけしました」
厚志から少し離れた位置に膝を揃えて座りながら首を振る。
嫌な気持ちになったのは事実だが、厚志に対し半人前だとは思っていない。それどころか厚志の洞察力の鋭さに舌を巻いた程だ。
「俺としては馨さんの身体を気遣ったつもりが、馨さんの付き人の玉置君に小言を言われてしまいましてね」
馨は突如、飛び出した名に耳を疑う。
「た、玉置が?」
「ええ、ひどく落ち込んでしまったじゃないか、と」
「玉置ったら、何てことを………」
シンを張るほどの役者に対し、付き人風情があれこれと言える立場ではない。
馨は自身が追い出された時よりもはっきりと血相を変え「躾の行き届かぬは私のせい、何卒玉置のご無礼お許し下さい」と厚志に向かって指をつき頭を下げた。
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