2章

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「へぇ、浅草ね。あれかい、演芸ってやつですか?」  興味があるのか正座していた足を崩して厚志は楽な格好をとって話し込む体制になる。本当は長々と無駄話する暇はないのだけど、たまにはいいかと思って馨も足を崩す。 「ええ、浅草の方で観て来たのですけど、歌舞伎をはしょった感じで中々おもしろかったですよ」 「ケレン味はどうでした?」  ケレンとは歌舞伎では大胆な演出を指したりする。宙吊りになったり舞台での引き抜きという早着替えなど見所の箇所だ。 「舞台が舞台ですからね。小さい寄席じゃ大きな演出はできませんけど、その分時間を短縮して間を良くしなすってお客さんを飽きさせないよう工夫は凝らしておいででした」  やはり歌舞伎では全体的に長丁場が多く、お客さんも長く座席に引きとめてしまうので途中、集中力も切れてしまう場合がある。  その分、民間の演劇では話の設定を解り易くし、ぽんぽんと景気良く進む気持ちよさがあった。 「なるほどなぁ。よく考えるもんだ」  感心しながら煙草の灰を化粧台の上にある白い陶器に落とす。著名な陶芸家の作品なのだが、高価な陶器を灰皿代わりに使用するなど流石、歌舞伎界の風雲児と名指しされるだけの行い。 「それに梅野吟次という役者さんが見事でしてね、まだ若いから芸は粗いですけど立つだけで絵になると言うか。素質がありまして、何より彼の女形はえもいわれぬ美しさをお持ちでらっしゃいました」  思い出したように目を細めて語る馨の横顔を覗きながら「妬けるかい?」と厚志がぽつりと洩らす。 「……どうして?」  はたっと厚志を見つめ返す。 「馨さんにそこまで言わすぐらいだ。内心、気が気じゃないでしょう?」  少々意地悪な厚志の含み笑いに馨は畳に目を落とす。長い睫毛が瞬きの度に揺れた。 「…正直、妬けますね。見事なほど、妬けてしまいます。けれど彼にはそれだけではないです」
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