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見て来た通り、舞台上だけではなく普段の吟次まで小意気で嫉妬を通り越し、純粋に役者として尊敬の意まで抱いた。最初は敬語も使わない、女性の話しばかりする、そのあまりの破天荒ぶりに面食らったものだが、今では彼の魅力の一つだと理解できる。
「そいつは驚きだな。馨さんでもそんな気にさせられる役者さんが居るなんて」
「どういう意味ですか、私だって人の才に嫉妬ぐらいしますよ」
人聞きの悪い台詞に咎めるような視線を送る。
「馨さんは周りを嫉妬させても、嫉妬したことがないと思ってた」
けれど厚志は物怖じしない口調ですらすらと語り出す。少し意地悪そうな、それでいて真実味を含んだような口調で。
「気付いていらっしゃらないが、あなたの天与の才に皆は嫉妬していますよ。あなた自身、感情というものに執着はないから解らないだろうけど、羨望を集めていらっしゃる。
あなたのように一緒に舞台立つと心強いが、舞台を袖で見ていると気が気じゃいられない役者さんはおられませんよ」
まさか厚志がそんな風に思っていたとは露とも知らず、露骨に顔には出さぬものの軽く衝撃を覚えた。常々厚志に羨ましいと感じてきたのは自分だから。
「俺も祖父や親父の顔があるから何とか立てようと躍起になっているのに、馨さんときたら涼しい顔で大役を務めてしまうのだから、参ってしまうよ」
煙草を持ったまま腕を組み苦笑いを浮かべた。これが厚志の本音だとしたら、厚志もまた役者として譲れない矜持を持っているのか。
厚志は馨への敬意を込めて締め括る。
「あなたに追いつくので必死ですよ」
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