2章

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 結局あれから厚志と付き人が呼びに来るまで語らいが続き、そのお陰か稽古は呼吸の合ったものになった。互いに高めあうのも相手役を務める大切な項目。馨は腹を割った話し合いが出来た事が何よりの収穫になった。 「玉置、細見さんのお宅にこの紙に書いてある通りに電報を打っておいて」  稽古が済んでから、その足で浅草に向かう前に細見さんに電報を頼むことにした。玉置は『お稽古で多忙ゆえ、こちらから連絡します』と渡された紙を読み「分かりました、ところで兄さんはどちらへ?」と尋ねてくる。 「ええ、ちょっと用事があって」  昨日は吟次に舞台の感想を言えず仕舞いになってしまい、気になっているので訪ねる事にした。 「明日はお稽古もお休みだからご飯はどこかで食べて帰ります。玉置も今日ぐらいゆっくりして頂戴ね」  いつも帰りを待っている玉置を気遣い、幾らかの心付けを握らせて自分は待たせていたタクシーに乗り込む。車が走っている間、ずっと吟次に舞台への感想を何て伝えようかと考えて楽しみにしていたのだが浅草へ着いてみると梅野一座の公演している寄席はお休みの札が貼ってある。電気も灯っていない小屋の前で馨は軽く溜め息をつく。  せっかく急いで駆けつけたにも関わらずお休みとは。  玉置に夕食は作らないでいいと言った手前、このまま帰る訳にもいかず馨は当て所もなく大通りへ抜けた。  食べ物屋を探して人の行き交う大通りを歩く。夕方を過ぎ暗くなった浅草は下町の活気を失わず沢山の人が闊歩してゆく。第二次世界対戦ののち戦後の影響を脱した日本は稀に見る好景気で、日本経済は大きく飛躍した。  その影響が至る所に及ぼされ、歓楽街は人々の明るい声で賑わっている。近頃は和装の方が少なくなったが浅草は違う。老若男女の着物姿に、半被などを羽織った職人達も時折すれ違う。  なるほど、これじゃ娯楽要素の強い演劇が定着する訳だと馨は納得する。
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