2章

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「しかし馨さん、知らない女に誘われておめおめと近づいちゃ駄目ですよ。追いはぎにあっちまいます。此の辺の女は度胸が据わってて男の身包みはいじまう性質の悪りぃ輩がいるんですから」 「そうなんですか」  だとしたら相手が座長でなかったら今頃は身包みを剥がされていたという訳だ。 「ええ、あんまりにも馨さんが無防備に歩いてるもんでついつい………浅草には何か御用で?」  白粉を塗って化粧を施した顔ですっかり地声を出す座長は奇妙なもので、馨達を遠巻きに見やりながら通り過ぎてゆく通行人までいる。 「座長さんこそ、そのような格好でどうなすりました?」 「これは営業と言いますか、寄席の無い日はこうやってあちこち営業して回っているんですよ」  民間の演劇も苦労がつき物なのか。座長自ら休みを返上して挨拶回りを欠かさないらしい。梅野一座を支え、切り盛りしてきた座長の陰の努力を垣間見た気分になった。 「そうですか、本当に大変ですね。ご苦労様です」  一座とまでは言わないが門下生を抱える馨にとっても他人事には思えなく労いの言葉をかけた。 「そんな勿体無いお言葉、頂戴できませんよ。馨さんも気苦労なさっておいででしょうに」  座長は前屈みになって手を横に振った。太くしわがれた声や仕草が完全に馨の知る座長へと戻っている。 「舞台の方お休みだったと知らずにお伺いしたのですが、お忙しそうなのでおいとまさせて頂きますね」  馨は忙しいであろう座長を気遣い、早々に立ち話を切り上げようとしたが逆に座長が引きとめた。
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