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モレラ歴八年、一月の五日。朝食後、船内をくまなく見ている。学習ノルマを早々に終えた後、船内を歩き回る。歩調に合わせて、壁を掌で叩き続ける。ぐるりと一周して、戻ってくる。これまで、与えた積み木や鉛筆などで床を叩いたりすることはあったが、この行為は初めてである。
「ここだけ違う」
そう言いながら、何度も叩く。音の響き具合から、他の部位と違いうことに気付く。他の壁は全てに機械と書物が設置されている。ここだけ例外で、記録装置がある以外は何もなく、裏側は外である。船内に乗り込むために使用され、あとは定められた時まで決して開くことが無いように、しっかりと閉じていることが役目である。外の気温は摂氏マイナス二百七十度で変化なし。着地点なし。漂着物なし。航行を開始して三日目から変化なし。イレギュラーのためプログラムを無視して記録を付ける。掌から来る衝撃に破損させるほどの力は全く無いが、振動が響き渡る。万が一に備えて、記録装置を振動が少ない下部へとずらす。
「ここだけ、他と違う」
叩く行為が治まる。変わって、ゆるやかに触れられる。記録用の辞書より「撫でる」「摩る」行為であると判断する。似たような行為は、転んで体の部位をぶつけた時などに自ら行っていた。機械、壁等含めて、設備に対して行われるのは初めてである。危険が去ったと判断し、記録装置を元の位置に戻す。と、その移動音に反応して視線を動かす。
「動いた? 撫でたから?」
元の位置より少しずれたため、微調整で再度記録装置の位置をずらす。それとほぼ同時に、再び撫でられる。
「生きているのね」
微笑む。両手を押し付ける。続いて、額をくっつける。この、両手と額を付けることについて記録用の辞書を探すが、この行為に完全一致する記述は見つからず。把握している言葉のみで記す。学習要の案件として残す。
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