A17465Mulberry

6/24
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
 モレラ歴八年、一月十日。三食残さず食べる。髪を梳く。学習ノルマをこなす。時折、こちらを見ては微笑みかける。近づいては撫でる行為を繰り返す。読書をする時間帯だったが、本ではなくて紙とペンを取り出す。紙も、いつものサイズではなくて大きめのものを機械に命じる。絵本を見ながら、何かを紙に描く。頭があり、顔があり、胴体があり、脚がある。髪の毛もあり、服を着て、靴を履いているが、自身とは全く違う。書き終えると辞書を取り出し、機械に命じる。 「粘着テープ、を出して」  機械は合成を行い、三十秒ほどでそれを与える。指先にくっつきやすいそれをはがしつつ、二センチほどの長さで切ろうと試みるも、テープの接着面同士が貼りついてしまい切れない。 「はさみ、を出して」  機械は再び合成を行い、はさみを与える。紙とテープとはさみを持って、こちらにやってくる。念のため、記録装置を再び下部へずらす。はさみでテープを切る。二センチほどの長さで切ったテープを四枚用意する。紙をこちらに押し付けて、まず上の隅二箇所をテープで留める。続いて、下の隅二箇所もテープで留める。三分の一が紙で覆われる。記録に支障はない。 「やっぱり、顔と体があると良い!」  そう言って、紙に描かれた顔の位置を指先で撫でる。顔の中の頬にあたる位置に唇を押し付ける。キス、と呼ばれる行為であると辞書にはある。二、三度キスを繰り返す。 「これからよろしくね。そうだ、名前を付けてあげなくちゃ」  本を取り出す。紙の辞書。何度も捲る。また違う辞書を取り出す。五冊ほど取り出す。アゼルバイジャン語と書かれた辞書で指を止める。 「カイナット!」  叫んで、こちらを見る。 「響きも良いし、意味も良い。あなたは今日からカイナット! 親しくなったら、カイって呼ぶね」  カイナット。アゼルバイジャン語で「空」の意味。愛称として、カイ。記録する。しかし、どこからどこまでがカイナットであり、カイなのか。内側のパネルだけなのか、記録装置か、外側のパネルは見えないから違うのか、それとも、記録装置を含めた扉そのものを示すのか。学習要の案件である。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!