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モレラ歴八年、一月十日。三食残さず食べる。髪を梳く。学習ノルマをこなす。時折、こちらを見ては微笑みかける。近づいては撫でる行為を繰り返す。読書をする時間帯だったが、本ではなくて紙とペンを取り出す。紙も、いつものサイズではなくて大きめのものを機械に命じる。絵本を見ながら、何かを紙に描く。頭があり、顔があり、胴体があり、脚がある。髪の毛もあり、服を着て、靴を履いているが、自身とは全く違う。書き終えると辞書を取り出し、機械に命じる。
「粘着テープ、を出して」
機械は合成を行い、三十秒ほどでそれを与える。指先にくっつきやすいそれをはがしつつ、二センチほどの長さで切ろうと試みるも、テープの接着面同士が貼りついてしまい切れない。
「はさみ、を出して」
機械は再び合成を行い、はさみを与える。紙とテープとはさみを持って、こちらにやってくる。念のため、記録装置を再び下部へずらす。はさみでテープを切る。二センチほどの長さで切ったテープを四枚用意する。紙をこちらに押し付けて、まず上の隅二箇所をテープで留める。続いて、下の隅二箇所もテープで留める。三分の一が紙で覆われる。記録に支障はない。
「やっぱり、顔と体があると良い!」
そう言って、紙に描かれた顔の位置を指先で撫でる。顔の中の頬にあたる位置に唇を押し付ける。キス、と呼ばれる行為であると辞書にはある。二、三度キスを繰り返す。
「これからよろしくね。そうだ、名前を付けてあげなくちゃ」
本を取り出す。紙の辞書。何度も捲る。また違う辞書を取り出す。五冊ほど取り出す。アゼルバイジャン語と書かれた辞書で指を止める。
「カイナット!」
叫んで、こちらを見る。
「響きも良いし、意味も良い。あなたは今日からカイナット! 親しくなったら、カイって呼ぶね」
カイナット。アゼルバイジャン語で「空」の意味。愛称として、カイ。記録する。しかし、どこからどこまでがカイナットであり、カイなのか。内側のパネルだけなのか、記録装置か、外側のパネルは見えないから違うのか、それとも、記録装置を含めた扉そのものを示すのか。学習要の案件である。
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