4.蟻と浴室

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4.蟻と浴室

いつも友達から冷静な女だと言われる私だが、家に帰ってシャワーを浴びていると、温かく白い湯気と共に、ブワッと怒りが沸いてきた。水島が止めようが私は自由に絵を描いていいのだ。水島が出て行った後、ショックを受けて帰り支度を始めた私が馬鹿らしい。大体、綾美ちゃんがLINEで「許可が出ました」と送ってきていたのは何だったのか、本当は出てなかったんじゃないだろうか。 「あ」 興奮して垂れた足元の黒い血から、赤だけがベージュのタイルに滲んでいた。そうだ、血で汚れたパンツを水に浸けたままだった。洗面器に冷水を張ってパンツを沈ませると、染みた血液が下に溜まる。そして水中に朱色のベールが泳ぐ。その光景は、容疑者が殺害に使った、包丁を洗うのに近いと私は勝手に想像する。 ふと、村上龍の小説を思い出した。確か、錯乱した女の人が生理で汚れたショーツ(パンツじゃなくて、ショーツと記されていたと思う)を、風呂場に捨てて眠ったら、翌朝にショーツに蟻が集っていたというような。男の人が出て行こうと言うほどおぞましかった蠢き。私はそんな体験した事が無いから、本当か分からないが、蟻は血が好きなのか、それとも血は甘いのか。 ・・・私は、水島にとっては、蟻に見えたのだろうか。赤色に群がって食い尽くそうとする虫。彼なら一思いに、いつも履いている黒い皮のローファーで潰すだろう。下腹部に、生理痛とは違う、何十匹もの蟻が一斉に歩き出した動きを感じた。関係ないけど、小柴たちと見に行ったポール・スミス展の、展示されていた蟻のスーツを思い出した。 でも、これからは小説を見習って、「ショーツ」と呼ぶようにしよう。流石にパンツと呼ぶよりはいいと思う。小柴とまた寝る時、そう呼んだら彼はどんな顔をするのか。彼は、水島よりも先に、私の好きな色を知った人間なのだ。 また床が汚れた。
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