5.書道室

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征一は誰もいない書道室で、呟いた。今日は書道部は休みだが、顧問の青山先生に頼んで、開けてもらったのだ。一人でこの練習したかったのだ。この学校の書道部員は優しい。入った当初、数人の先輩はあまり良い顔をしなかったが、後輩達は頼ってくれている。生徒会長なのだが、本人は表舞台に立たず、書記や映像編集に徹する奥手さが彼の良さだ(彼が役職に就いたのは、行事毎に自らのパソコンの腕を見せたかっただけなのだが)。 そんな陽気で人付き合いが良い彼でも、書を書く時は偶に一人になりたいのだ。しかし一人になったからと言って、滞り無く書けるわけではない。むしろ、いつも押し殺している感情が生き返るのだ。中谷に対する嫉妬、自分の事を忘れたマスコミへの怒り、そして未だにしつこく劣等感を零れさせている自分。それらを墨と一緒に溶かして線を引くと、暗い感情に諦めがつくような気がするのだ。そして時々「ま、えっか」と呟くのだ。最近は諦めた後、心地良い敗北感まで湧いてくるのが不思議である。原因を探っている内に、千代子の事だと気付き、一人で赤くなった。 確か太田は今日、面談で放課後残っていたはずだ。高一の春に彼女を知ってから、ついつい目が追っかけてしまう。高二になって同じクラスになった時は、一年間どう過ごせば良いのかと、嬉しさを超えて途方に暮れた。亮平は「何でラッキーな事なのに苦しそうなん」とからかったが、 「でも、恋で苦しいって事が良い痛覚を持つようになんで」 と微笑みながら応援してくれた。その後どこが好きなのかと言われ、中身だと答えたら     
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