6.明瞭な衝動

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すると小柴は少し墨で汚れている左手で私の腕を引っ張ってから、きちんと唇に軽くキスをした。 「・・・こういう事、学校でしたかったから。太田いなくなったら困るし・・・・・・。 ごめんなさい、今すぐ保健室に行って参ります」 小柴が帰ってきた後、書道室を片付けて、初めて二人きりで帰る事になった。小柴は血を流したというのに、顔に体中の血を集めたようだった。 書道室を出てから、小柴は「太田は赤色が好きって何となく気付いててん」と言われた。 「どこで?」 「さっき、切る前に俺を見つめてた目が、美術館で熱心に作品を見透かそうとする時と一緒だったから、俺の貧弱な首を見透かすなら、血管しかないかなも思って。」 私は小柴にそんな目を向けていたのか。彼は彼で自分の貧弱さをばらしたと言うかのように話を続けた。 「まぁ、赤色って古文とかに出てくる匂ふって、赤色から来てるもんな。そりゃ、太田が魅入られてもおかしないよ、古代から気に入られてたんやから」 変な励まし方をする人だ。けれど、私は切りつけたのが彼で良かったと思う。この好ましい人だって、美しい赤い血を流すだけでなく、彼が透明性に包まれている事を知れたからだ。私には無い、高みに行くための透き通る可能性を。
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