9.浅き夢覚ませ

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絵の場所は天文ドーム内で、本当はそこにカーテンなんか無い。座る綾美ちゃんは望遠鏡に顔を上に向けている。私はカーテンを、赤く焼けて裾は星が見え始めている空に見立てて、全体を赤ではなく橙色で構成した。勿論夕焼けなので好きな赤色も入れ、彼女の横顔、上半身に比べほぼ露出した足の白さは絵の中で美しく浮くようにした。彼女の茶色い目の中も、長方形の夕焼けの欠片が埋め込まれている。 この作品の題名は「日差しを纏う少女」だ。絵を見ていると、ある歌を思い出した。 「小柴。私、いろは歌よりとりな歌好きなの」 「とりな歌?何それ」 「確か明治時代に作られた、いろは歌と同じように、全てひらがなが使われている歌よ。 鳥啼く声す 夢覚ませ 見よ明け渡る 東を 空色栄えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中」 「へぇ、綺麗な情景やな。どちらの歌にも、色と夢が入ってるのか」 「ちなみにこの歌、春の夜明けの海辺が舞台なのよ」 振り向いた私の長い髪の毛がサラリと音を立てた。 「征一、受験終わったから、海辺に行こう」 「えっ、今、せいいちって」 「嫌だった?」 「い、嫌じゃない、嬉しい・・・」 征一は、下を向いてしまった。 「太田、あ、いや、千代子、あ」 「太田でいいよ。私はそれが気に入ってるから」 「じゃ、太田で。俺、親しくなるまでは太田をさん付けで呼ぶような仲やったやん? それで、太田が男子を名前で呼んでるの、初めて聞いて、それが俺だから嬉しくて・・・」 私は、顔を合わせない、恥ずかしがり屋の彼の手を包んだ。 「そう、初めて。     
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