「Return home」

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 だが、そんな決意のターニング・ポイントの折に加納哲夫が、小説家として食っていけない高遠を、マスコミ業界に引っ張って来て、放送作家に仕立て上げた。実際にその立ち位置についたおかげで、高遠はお一人様分のメシを食う事が出来る程度の収入を得るにはなった。小説家ではないが、所謂、ライターとしての肩書きで職業を名乗れる身にはなれた。とはいえ、思い入れあって放送作家に固執している気持ちは高遠になかった。安定した食い扶持を得る手段としてそれをやっているに過ぎない。そういう心境もあってか、別段、加納に対して仕事を紹介してくれた恩義などはあまり感じてなく、加納自身も恩着せがましい素振りを見せる事もなかった。 また、収入が安定してきたにも関わらず、結局、高遠自身も知命(ちめい)を前にしても家庭を持とうというアクションは起こさず、気ままな独身生活を送り現在に至る。そんな高遠に対して加納は、黙々と裏で仕事の口利きをしていた。いや、してきた。特別に高遠の方がそれを頼んだわけではないが、加納は何の見返りも求めず、近頃までは高遠に仕事を自らのコネを使って与えてきた。 〈俺に対してはそういう奴だ〉  高遠は改めて加納哲夫の気性を顧みる。 加納とは大学時代に物書きが集まるサークルで知り合い、単純に年月で言えば三十年近くの長い付き合いになる。だが、大学時代は単に烏合の自称・作家が集うグループのその中の二人、といった結びつき程度で、特に親しい仲ではなかった高遠と加納。高遠は純粋に売文屋を目指していたのに対して、加納はどちらかというと映像方面に関心があり、シナリオ作りに興味がある物書き連中とつるんで自主制作映画などを撮っていた。だから当時、方向性が違う者同士だったので接点は少なかった。     
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