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加納(かのう)哲夫(てつお)が局を退職して、新しく会社を立ち上げた。
その話を高遠(たかとお)稔(みのる)が加納自身から直接聞いた時、加納が『一緒にお前もやらないか?』と誘い文句を謳った事は、高遠にとってある程度想定内の事でもあった。加納とは水魚の交わりなどという間柄ではないが、どうにも親友ならぬ戦友を匂わす関係だと、高遠は勝手に慮っていた。だからこそ、いざという時は自分に対してそんな惹句もちらつかせるだろうとも。
学生時代、小説家志望にしてそれを生業にしたかった高遠稔。だが、旗はボロでも心は錦、の姿勢で学徒を終えて社会の荒波に臨んだものの、それは長年叶わず、三十路手前になる頃、平凡なサラリーマン稼業に鞍替えして、糊口を凌ぐ生活を選ぼうとした。安定した生活を確保して、普通に嫁さんを貰って、幸せな家庭でも築き上げる……高遠はそれを挫折とも逃避とも考えず、マトモな大人になった証拠だと捉えた。それは小説家という不安定な夢を追っていて、実際にはそれが結果に繋がっていない、二十代後半の若者の情緒としてはいたって健全で、当然かつ賢明な判断だった。
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