ice

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「今日はありがとうございました。とても楽しかった」 「僕も楽しかったよ。映画は趣味に合ったかな」 「ええ、とっても。アクションシーンは手に汗握りました」 「そうか、それはよかった」  アクションとお色気が売りのチンケな外国映画。アクションシーン、彼が手に汗握っていたのと反対の手は僕の手中にあった。まず暗がりでそっと手を握り、柔らかく弄ぶ。アクションに集中したいのにしきれないてのひらは汗ばんで、僕の膝を求めてくる。けれどすり抜けることを許さず、僕の手のなかだけで優しく温める。そしてスクリーンのキスシーンにあわせて近づいてきた彼の唇を受け止めるのだ。  それだけ。それ以上はやはり踏み込ませない。舌の侵入を頑なに許さない。そうすると、相手は焦れる。焦れても暗にやんわりと拒否を続けていると、下半身の欲に堪え切れなくなったかわいそうな彼は、ラストシーン目前にしてそっと前かがみで席を立つ。そしてエンドロールが終わりきるまでに何食わぬ顔で戻ってくるのだ。 「最後体調を崩したのかな。大丈夫?」  わざとすっとぼけて問いかけると、映画館を出た夜の空気のなかで彼は微かに頬を赤らめた。 「いえ、大丈夫です」 「そ?」  今夜はいい相手が見つかった。白い肌、幼い顔、大きすぎる瞳。不ぞろいに切られた髪が逆に彼のファッションセンスを匂わせる。彼の人間性を保つスーツを剥ぎ取ったとき、その中身はどんな色をしているだろう。
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