無貌

2/11
前へ
/11ページ
次へ
 テーブル上にはヴィクトリア朝を思わせるティーセットがずらりと並ぶ。銀製のスプーンに茶葉を入れる卵型のティー・キャディ。蔦の装飾が彫られたトレイの上には何もなく、そこにあるべき塔のような細長いポットは、中央のケトルのアルコールランプの火の上でシュンシュンと蒸気を吐いている。白磁に花が描かれたティーカップはそれぞれの手元で静かに芳香を立ち昇らせる。  辺りを見渡すと、桜だろうか、花びらの雨が純白の壁を作っていた。ちらちらと揺れ、落ちていく。その圧倒的な白は尽きる様子がなく、ときおりその向こうに別の色が輝くのが見えるが、それが何なのかは分からない。一体どれだけ巨大な樹なのか。幹を探したが白に塗りこめられて見つからなかった。不思議なことに、花びらはテーブルや椅子には一切積もっていない。テーブルの下の地面は花びらで覆われているというのに。全く訳が分からない。やはり普通の場所ではないのだろうか。 「そんなにきょろきょろしてどうしたんだい?」  右手の女性が本を閉じ、怪訝な顔で尋ねてきた。 「そうだ、こっちはお前の返事を待っているんだ。時間をやるとは言ったが、いい加減菓子をつまむのも飽きてくる」  すかさず左手の男がフォークでこちらを指し、クッキーを口に放りながら不満げに口をはさむ。  何故彼らはこんなにも親しげに話しかけてくるのか。自分が忘れているのかと記憶を手繰っても、やはりこんな人たちには覚えがなかった。 「何の話をしていたんでしたっけ……というかあなたたちは誰なんですか?」     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加