無貌

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 女性の答えは聞き取れなかった。不意に風がザアと吹いてきて、男の笑い声も、女性の返事も、全部の音を吹き飛ばした。思わず目を細める。白い花びらが視界を覆い尽くし、女性も、男も、テーブルも、何も、何も見えなくなった。全部を白が覆い尽くした。  目を開けたとき、男も女性も消えていた。静寂の中に、ポットの上げるシュンシュンという音が残り香のようにこだまする。そして、正面の席に誰かが新たに座っていた。  舞台に出てくる吟遊詩人のような煌びやかな衣装に、真っ黒に塗られた長い爪。首元には黒い宝石のブローチが輝き、頭には、鷹の羽で飾りつけられた、つばの広いソンブレロ。顔の造作は陰に沈んでよく見えないが、そのせいで、黒に縁どられた三日月型の嫌らしい笑みがことさら浮かび上がって見えていた。 「あの二人ならもういないよ。忘却の彼方に消えてしまったからね」  聞こうと思ったことを、いや言われてから僕が聞こうと思うだろうと気がついたことへの答えを、そいつは言った。 「なんだ、もう茶葉が無くなってしまったのか。全くの空っぽじゃあないか」  幼児がおもちゃを扱うように、そいつはスプーンでカチャカチャとティー・キャディの中を掻き回す。  それなら、と、急にそいつが腕を振るった。 「湯を沸かしている意味もない」  腕に弾かれたティーポットが空を舞い、堕ちた。粉々に砕け散ったそれは、もはや元が何だったのかも分からない。
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