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「わたしが誰なのか聞きたいんだろう? 返事はいらない。わたしには君の全てが分かるのだから。そしてその理由も、じきに君の知るところとなる」
そいつは一層にやにや嗤った。思考が混乱している。言葉が出てこない。そいつは舞台役者のように言葉を紡いだ。ただ一つ分かったのは、何かを喋るべきではないということだ。幕が上がれば、観客は静かにしていることが望ましい。そうではないか。
「そうそう、そのように。舞台に上がらないものは、口を利くのを慎まなければならないよ」
分かっている。ずっとそうしてきたような気分がするのだ。舞台になど上がりたくもなかった。
「この世界に創造主がいるとするならば、わたしはそう、侵入者、簒奪者、冒涜者、破壊者、異物、混沌、無秩序、絶望……無数に、そうそれこそ無数に名乗ることができる。けれども、最も的を射ているとすれば……」
そいつがカップを持ち上げ、ぐいとぞんざいに飲み干した。真っ白な水面に睡蓮がフワリと浮いていた。
「わたしは邪神だよ。舞台に上がることを放棄し、挙句の果てに貌を無くした、小さな小さな世界の創造主様」
ガタンと、椅子が震えた。怯えているように、恐れているように。違う、椅子は震えない。僕だった。僕がガタガタと震えていた。
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