CH1 Raindrops

2/14
前へ
/32ページ
次へ
 火星南極植民ドーム、通称アレス。僕の父さんはここに暮らす5億の人命を守るために外殻の保安点検と整備の仕事に就いている。一等住宅を即決で購入できるぐらいの給料はもらえても、大気のない空間で危険な作業を長時間行わなきゃいけない。その上帰ってくるのはいつも僕が眠った後、休みもそれほど多くない。  それでも母さんがいた頃は良かった。僕と父さんの中がうまく保たれていたのは間に母さんがいてくれたおかげだった。次の日の学校に備えて早く眠った後、母さんは僕の様子を真夜中に帰ってきた父さんに話して聞かせていたし、そしてその逆も。だから滅多にない休日にはお互い話したいことをたくさん持っていた。  でも今となってはそれが遠い昔のように思えてくる。今日のような雨の日に買い物に出かけた母さんは建設現場の事故に巻き込まれて死んだ。まだ13歳の僕と仕事漬けの父さんを残して。突然倒れてきた重機の下敷きになって、手の施しようのない脳の損傷を受けたのだ。 それからもう3週間、家の中からは一切の会話が消えてなくなった。最初は交替で作っていた料理もいつからか出来合いの惣菜で済ますようになって、一人きりの食卓にもすっかり慣れてしまっていた。     
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加