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「最後のお迎えに行ってやれって」
最後とかスラッと口にすんな。そう言って遮ってしまいたい、けれど言えない。だってユキはなんにも悪くない。制御されたプログラムに従って、主人である親父の命令に逆らえないだけ。
「勝手にすれば」
かわいくない声を返して、オレは先を歩き出した。夕焼けに染まった街並みはまるで昔の写真のようだ。新しいのに色あせているような、明日がくるのにもう二度と来ないような、そんな刹那的な雰囲気。手を伸ばしても戻れないと思わせるなにか。
「勝手にするよ」
その声も、明日の朝までか。そう思ったら不意に鼻の奥がツンとしてきた。蹴散らすように咳払いをすると、勘違いしたのかユキがスッと音も立てずに寄り添ってくる。
「風邪ひいた? 薬買って帰る?」
「違う。いらないから」
「いま熱出したら看病はあのコになっちゃうな。心配だな」
「は? なにが?」
「紗江さんちのコ、すごく美人だったでしょ」
「なにが言いたいわけ?」
不機嫌なオレに笑いかけると、ユキはちょっと顎を反らせて言った。
「好きになっちゃダメだよ、和希くん」
何気なく落とされたに違いないその言葉は、ダイレクトにオレの胸の深い場所を抉る。
ユキとの最後の晩餐は豪華で、オレと親父の好物ばかりが食卓に目一杯並んだ。海老フライ、唐揚げ、マルゲリータピザ、山盛りのサラダにクリームパスタ。場違いな味噌汁は、じゃがいもとワカメが入った親父の一番お気に入りの味。教科書によると、こういうのをお袋の味と呼ぶらしい。
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