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手首を耳に寄せ、録音されたユキの声を再生する。
『和希』
胸がぎゅっと縮こまり身体の重心が揺らぐような、そんな感覚に全身を縛られる。
「ユキ」
目をつぶる。笑顔でさよならなんてできないから、誰にも見つからない場所でひっそりとさよならをしよう。明日になったら帰ればいい。そしてユキのいなくなった家で、新しい家族と新しい生活を送るのだ。何食わぬ顔で。大丈夫。きっとできる。できる。
「……バッカじゃねえの」
声は情けなく震えた。呼応するように、涙が堰をきったように溢れだす。
「ユキ」
嘘。大丈夫じゃない。できない。無理だ。だってユキがいない。ユキがいない。ユキがオレを忘れてしまう。
「……ユキ……っ……」
「なあに」
無意識に落ちた呼び声が当然のように拾われた。驚いて飛び上がった身体を、後ろから拘束する重み。人間の標準体温に保たれた温もり。忠実に再現された滑らかな肌。少し低めで艶のある声。目を開けるのが怖くて、首に巻きつけられた腕をきゅっとつかんだ。
「……ユキ」
「ここ、僕と初めてきょうだい旅行したときに来た。この広場でお弁当食べたよね」
気持ちを自覚する前の最後の記憶だ。あの夜、宿泊したホテルで悶々と寝たフリを貫いたのが最初の記憶。
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