1人が本棚に入れています
本棚に追加
後ろ向きに時速400キロメートルで飛ぶ感覚は、あまり気持ちのいいものではない。
気圧差で若干の目眩と耳鳴りにさいなまれていると、操縦席から通信が入る。
「ほら、ガーデルマン。空が君を歓迎しているよ。見てごらん」
雲の高さまで上がっていたようだ。
そこには海が広がっていた。
真っ白い雲の大海を、8機の戦闘機が泳ぐように飛んでいる。内地育ちのガーデルマンは、海は絵でしか見たことがない。それでもこの大空の海は、きっと本物の海よりも美しい。
感動に胸を埋め尽くされていると、無線機が鳴った。できれば鳴って欲しなかったが、鳴ってしまった。
『少佐、見えました、敵空母です』
「ああ、私にも見えたよ」
空母? こんな陸地の空にどうしてそんな物があるのだろうか。
不思議に思って首をひねり、前進方向へ視線を向けた。
「見えるかい? あれは、空の空母。巨大飛行船に戦闘機をぶら下げているのさ」
ルーデルの説明を聞いて、目を凝らす。飛行機の操縦士のような超人的な視力をガーデルマンは持っていないが、それでも見えた。遠近感を狂わせるほど、巨大なそれ。
とんでもないモノが浮いていた。とてもそんなものが空にあるなんて信じられない。
全長だけでいったい何メートルあるのだろうか。想像もつかない。
帝国がかつて建造した空中戦艦【ヒンデンブルク】の倍はあるだろう。島が浮いている。そうとしか思えない、巨大すぎる物体。
『向こうさんもこっちに気づいたみたいですよ!』
「では諸君、我が相棒ロートマンの義務の満了と、新しい相棒ガーデルマンの着任の祝砲だ。全部、叩き壊すぞ!」
『了解! 我らが魔王ッ!!』
三角陣を崩して、それぞれが巨大空中空母に向けて飛んでいった。
敵も応戦を開始する。バラバラとパイ生地に片栗粉を巻くように、無数の戦闘機が発艦していく。その数ゆうに20機はあるだろう。
絶望的な戦力差を前に、しかしガーデルマンは予想していたよりもはるかに穏やかでいた。
ただ単純に後ろ向きにかかる加速度に、口から中身を引きずり出されるような感覚のせいで、敵に怯える暇すらなかっただけかもしれないが。
飛行士としての訓練なんて、当然受けていない。体を引きちぎりつぶそうとする加重を、奥歯を噛み締めて必死にこらえる。
「戦闘機動に入るぞ。全身を固めるんだ」
最初のコメントを投稿しよう!