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後方の、ガーデルマンから見れば前方のエンジンが轟々とうなり声を上げる。
加速度はさらに増え、鋼鉄の翼が雲を引く。
胃袋を直接蹴っ飛ばされているような、猛烈な吐き気が込み上げる。それはダメだと全身全霊をかけて、胃袋を下へ押し込む。
「ルーデル、交戦!」
進行方向は突然変わり、急上昇。自分と一騎打ちを行うと予想していたであろう敵機は、動きが一瞬おくれた。
だが敵も愚かではない。すぐに追いかけて、急上昇を開始。
「さぁガーデルマン。機銃の練習だ」
「は、はひ!」
耳鳴りがひどい。なんとか聞き取れた言葉に何度か頷く。
高度はもうすぐ上昇限界だ。
目下には追撃のために迫る、二つの戦闘機。
敵機の合計8門の機銃口が、日光に照らされてぎらりと光る。
このままでは、撃墜される。
恐怖が頭をよぎった瞬間、自機は突然主翼を畳み動力をほぼ停止させた。重力と尾翼がわずかに生む気流の乱れに任せ、機体は落ちた。
悲鳴すら上げられない絶叫。
頭を下にして墜落する。
平衡感覚、天上天下の感覚を徹底的に壊されて、茫然自失となる。そして自分の股ぐらが生暖かい事に気付き、現実へ。
「しょ、少佐どの、すみません。お、おしっこもれちゃいました……」
顔面と言わず、全身から火が出そうな羞恥心。左手でダブついたの飛行服の腹部を引っ張って、無意味にそこを隠そうとあがく。
「ははは! ゲロは吐いてないな? 小便だけなら君は優秀だ!」
錐揉み状態で墜落する機体。
撃たれる恐怖が脳裏を過ぎる。
もし今撃墜されれば、自分は下半身がおしっこまみれで敵に捕まることになる。
そんなのは、絶対にいやだ! そんなのは恥ずかしすぎる!
そして機体は突然主翼を開き、視界が暗転しかける。見えない手が全身をひっ掴み、下に引き下ろそうとするような慣性。奥歯を噛み締めて耐えるが、舌が痺れて気持ち悪い。
機体が止まる。目前に敵機。
慣性で勝手に外れないように重たくされたセーフティーを外し、照準器の十字線付きの三重丸の中に敵機を収める。引き金を一気に引き絞った。
9・5トンの機体に保持されているにも関わらず、両手を金鎚で打つような衝撃が走る。
発射感覚を狭めた、大口径の猛射。
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