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「…そっか。大切にしなね?」
永遠にも思える沈黙の後、自分でも気がつかないうちにするりと言葉が出てきた。
「デートに遅刻とか忘れ物とかダメだし、登下校一緒にするなら自分から誘ってあげなきゃだし…」
私は勢いよく立ちあがると、透に背を向けて大きく伸びをした。
「美波」
「私次移動だから行くね」
その時、私は自分がどんな表情を浮かべていたのか分からない。透の言葉を遮ると、振り返らずに早足で立ち去った。
いつかはこんな日が来るなんて分かりきっていた。それに、自分は透の恋人でもなければ、透のことが好きな訳でもない。もし好きだったなら、こんな口煩く注意したりしないし、毎日顔を合わせて平気な顔が出来る訳がない…。
私は心のなかで必死に言い訳をした。誰に対しての反抗なのか全く分からなかったが、とにかく自分を納得させたかったのだ。
弁当箱を返してもらい忘れたことに気づいたのは、帰りのHRが終わったときだった。隣の教室へ向かおうとして、思いとどまる。
…もし、彼女がいたら。弁当箱を返してほしいなんて言ってくる幼馴染の女に良い気はしないだろう。
そこまで考えて私は気がついた。…明日の朝どうしよう?
今まで自分がしてきたことはとりあえず置いておくが、モーニングコールなんて彼女のすることだ。ちゃんと朝起きて来るのだろうか?透は昔から朝に弱かった。
私は何気なく窓の外を見た。真っ赤に染まる夕焼け空が眩しくて目を細める。すると、校門に向かっていくカップルの姿が見えた。
…どうしてか分からないけれど、私はその姿を見たくないと思った。無意識に目を反らし、我に返る。
恐る恐るもう一度見てみると、楽しげに歩く二人はどちらも見知らぬ生徒だった。そのことに妙にホッとしてしまい、私は微かに動揺する。
小さい時からずっと一緒で、恋とかそういったことからはお互いに全く無縁だった。地味で可愛いげのない自分はともかく、透はモテていただろうにそういった話を全然しなかった。だから、勝手に透は興味がないのだと決めつけていたのかもしれない。
ずっと変わらないと思っていた相手が自分を置いて大人になっていた。そのことがショックなのだ…きっと。
私は無駄にキョロキョロしながら廊下へ出て、人目を気にしながらそっと学校を出た。
誰にも会いたくなかった。
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