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トイレの鏡に写った自分はうっすら目が赤くなっていて、私はため息をついた。 誤魔化せるレベルかもしれないが、聞かれたらどう返せばよいだろうか。考えながら廊下を歩いていると、角で人にぶつかりそうになった。 「あ、ごめんなさ…」 「おはよ、美波」 私は弾かれたように顔を上げる。そこには、今一番会いたくて会いたくない人が立っていた。 「…透」 私は呆けたように呟いた。頭が上手く回らず、ただ立ち尽くすことしかできない。 沈黙が場を支配する。それを破ったのは、透だった。 「寝坊しちゃった。いま何時?」 …彼はそう言うと、いつものようにヘラっと笑った。 その気が抜けた笑顔に、泣きそうなほど安心してしまった私はつられて笑ってしまう。 「今来たの?もう昼休みだよ!ていうか寝癖ついてるしブラウスのボタンずれてるし…」 いつものように、ぶつくさ言ってポケットにあった手鏡を透に向ける。が、透は手鏡を私の手から抜き取り、逆に私の方へ向けてきた。 「目が赤い。なんかあったの?」 思いがけないその言葉に、私は呼吸を忘れてしまう。 「…なんで」 いつもヘラヘラしてて、何にも考えていないようで。なのに。 「…なんで、気づくの」 「だって十何年も毎日見てるし」 アッサリとそう言われ、私は脱力してしまった。なのにどうして、ほんのり胸の奥が暖かいのだろう。 ふいに昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。私は慌てて透を促し教室へ向かう。別れる間際、透は私の腕を軽く引いた。驚いて私は尋ねる。 「なに?」 「…なんだか分かんないけど、気楽にいこ」 そうしてまた、ヘラっと笑う。慰められたのだと気づいた瞬間、私は頬が熱くなるのを感じた。 見ないように、考えないようにしていた感情が目の前に現れたのは分かっていた。あとはもう、それを認めてしまうだけだ。 でも私にはそんな勇気はなかった。赤面の理由は見て見ぬふりをして、私は私の心に鍵をかけた。
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