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それから私は透を避けて過ごした。無用な争いに巻き込まれたくないのもあったし、普通に接することができるか不安だったのだ。
…そして何より、「彼女」を見たくなかった。彼女自身に罪はなくとも、なんとなく顔を合わせたくなかったのだ。
内面はともかく、表面上は平和に過ぎていく毎日。違うのは、透の姿を見たり、言葉を交わさないことだけだ。
十数年の時のなかで、初めての経験だった。
そんな日がどれくらい続いただろうか。季節は少しずつ移り変わり、いつの間にか朝の冷え込みも和らいでいた。
今日も私は電話をせず、静かに家の門を出る。すると、どこかで扉が開く音がした。
「透」
「おはよ、美波」
振り向くと透が家から出てくるところだった。私はにわかに信じられず、目を丸くする。朝に弱い透が、こんな時間にいるなんて。
「だってこうしないと美波に会えないし」
私の思考を呼んだように透は唇を尖らせる。私はなんとなく気まずくなり、目線を下に落とした。
「なに?」
「今日放課後クレープ食べようと思って」
クレープ?と聞き返そうとして、私はハッとした。
――『…とりあえず今度クレープね』
お弁当の貸し。その時私は、いつだって行けると信じて疑わなかったのだ。
でも。私はゆるく首を横に振る。
「彼女に悪いから」
「そのことなんだけど」
透は小さく息を吸うと、ゆっくりと玄関の階段を降りてきた。私の数歩前で立ち止まり、目をまっすぐに見つめる。
「ずっと考えてたことがあって」
聞きたくない、逃げ出してしまいたい。なのに、私は透から目を反らすことができなかった。
「考えてたこと?」
「それは放課後言う。そうしなきゃ美波来なそうだし」
そう言うと透はさっさと歩き始めてしまった。私は呆然とした後で、彼を追いかけようか悩んだ。
…結局、いつもよりゆっくりめに歩くことにする。透との間には、微妙な距離を開けるよう心がけた。
少し前まで、真横にいた。近くにいるのが当然だった。
私はそっと目を伏せ、彼女が来ないことだけを密かに祈っていた。
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